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香りを運んだ古道、竹内街道〜6章 香りの文化の十字路 前〜

 平安時代の中頃を過ぎると、宮廷文化が華やかになると共に、香りの文化も一層充実することになり、現在の香りの文化の原型が創られていきます。
 宮廷文化の香りといえば、まずは源氏物語でしょうか。光源氏、薫、匂宮と登場人物を含めて香りの物語とも言えますが、香りが貴人の嗜みとして、また家伝の香りがステイタスとしてそれぞれ競い合っていた事が良く分かります。

八尾市高安からの風景
 少し時代は遡りますが、伊勢物語にも香りに纏わる物語が散りばめられています。源氏物語が香りの文化が最も華やかな頃とすれば、この少し前の頃からゆっくりと香りの文化が定着していった事がうかがえます。「五月まつ花橘」の段は藤原俊成の歌と共に、広く親しまれてきましたが、男女の恋やすれ違いの話は、時代が変っても関心の集まるテーマなのでしょうか。この少し悲しい結末の逸話に比べて、「筒井筒」の段はすれ違いから元通りに戻る話で、能の「井筒」や樋口一葉の「たけくらべ」など、後の時代に様々な影響を及ぼすことになりました。

 ところで、この筒井筒の逸話は、奈良の市街あたりから、生駒山を越えて大阪の八尾市高安にまで何度も通ったとありますが、竹内街道から少し北に行ったところになります。飛鳥時代には官道としても栄えていた竹内街道も、大阪の難波から平城京に向かうと遠回りになり、その後は都が京都に移るに従って主要な陸路も北へと移動していくことになりました。

在原業平の笛が伝わる玉祖神社
 華やかな平安の宮廷文化は、少なからず大阪から京都へ物資が運ばれたと思いますが、既に竹内街道はその主要な陸路の役割から外れて、地方街道のひとつとなってしまいます。しかし、この伊勢物語からも分かるように、周辺地域は依然として活発な活動があった事は確かだろうと想像できます。

 香りを身近なものとして、競い合ったり季節ごとに組合わせたりと、生活の中で楽しんだ宮廷文化の貴人の文化の様子がよく分かりますが、少しずつですが、庶民の中にも香りの文化が浸透したものと考えています。平安時代末期には末法思想と共に浄土信仰が広く浸透し始めますが、全国に建てられた寺院によって、庶民に広く香りが浸透していった事でしょう。

2013.12.26掲載
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